Bernice Rubens


バーニス・ルーベンス

last updated: October 30, 2017

Biography +++

【生没】 1928.7.26 - 2004.10.13 (辰年生まれ、享年76歳)
【家族】 父親はロシア系ユダヤ人。
【故郷】 ウェールズのカーディフ生まれ。
【仕事】 ウェールズ大学卒業後、教職やドキュメンタリー制作に携わる。
【結婚】 1947年結婚。

 

Bibliography +++

#1Set on Edge (1960)
#2Madame Sousatzka (1962)
『ピアノ教師マダム・スザーツカ』 別宮貞徳・高橋照子(訳) <春秋社・1992>
1988年英映画化(「マダム・スザーツカ」 監督:ジョン・シュレシンジャー 出演:シャーリー・マクレーン)。
【あらすじ】心配性な母親に溺愛されている少年マーカスのピアノの才能が、ある女性のお眼鏡にかなう。彼女は「ピアノは指だけではなく、体全体を使ってお腹から弾くもの」という自らのメソッドに固執し、才能のある子どもにしか教えないという教師だった。家と小学校の世界しか知らなかったマーカスにとって、スザーツカたちと過ごす週末は魅力にあふれた楽しい時間となっていく。スザーツカもまた、全身全霊で愛情を注ぐ。だが少年の技量は師を上回り、コンサートで演奏させるべきという周囲のプレッシャーが彼女を苦しめる。愛弟子を手放したくない気持ちと、マーカスのためには場数を踏み、よりよい先生のもとで学ぶべきという気持ちが激しくぶつかりあう。

翻訳書で読みました 【感想】ピアニストである、ルーベンスの兄がモデルだそうです。生徒の成功を純粋に願えば、より優秀な先生に教えてもらうことが一番よい選択です。もう学ぶことのない先生のもとでは、成長できません。スザーツカも解かってはいるのですが、気持ちの面で素直にその選択をすることができませんでした。愛弟子が飛び立ってしまい、1人取り残されるという悲しい経験を2度も味わいたくはなかったのです。母親以上に愛しているという自負と、他の教師に手渡したくないという嫉妬が、愛するマーカスの成功を阻む最大の壁なのですが・・・。大人の子どもじみたエゴのせいで、才能の芽を刈り取られてしまうのは、悲しいことです。ピアノの世界に限らず、あらゆる世界で同じような事実があるのではないでしょうか。
私はフィギュアスケートが好きなのですが(バンクーバーでは高橋大輔選手を応援しています!)、より優秀なコーチに変えた方がいいのでは?と感じる選手がいたりもします。(Apr, 2009)
#3Mate in Three (1966)
#4The Elected Member (1969)
『選ばれし者』 鈴木和子(訳) <創流社;バーニス・ルーベンス選集3・1996>
I Sent a Letter to My Love (1975)
ウェールズ海岸の町ポースコールで繰り広げられる愛と憎しみのラブストーリー。1980年映画化。
『ポースコールより、愛をこめて』 山内照子(訳) <創流社;バーニス・ルーベンス選集2・1995>
The Ponsonby Post (1977)
『ポンソンビー・ポスト』 宮澤邦子(訳) <ヤマダメディカルシェアリング創流社;バーニス・ルーベンス選集1・1995>
援助の装いのもとに、固有の文化や伝統がゆっくりと侵食されていっている。 (P216)

【あらすじ】インドネシアに赴任したポンソンビーは、国連の援助があまりに現地で役立っていない事実を知り愕然とする。「開発地域にそれぞれ連絡官をおくこと」を国連本部へ提案した。彼の事故死により、ポンソンビー・ポストは設置された。
1969年、イギリスの芸術協会員からインドネシアのポンソンビー・ポストに転職したブラウンロウは、家族とジャカルタへ移った。真面目で、まだ情熱を持っていた彼は、現地に溶け込む一方で、大半の国連職員からは疎まれた。娘のエミリは、地下活動の連絡員として暗躍する靴磨きの少年と仲を深めていく。
幸せが満ちていた日常を、災難が襲う。国連の飛行機が墜落し、パイロットが死んだ。同日、国連職員の死体が発見された。この2つの事件の関連に勘づいたブラウンロウにも危険が迫る。

翻訳書で読みました【感想】デヴィ夫人の夫、スカルノ初代大統領が失脚したのが1965年でした。それから5年後のインドネシアでの国連援助の実態といわれたところで、身近には感じづらい問題です。それをギュッと引き寄せてくれるのが、この作品です。ニュースで見聞きするより記憶に残り、共感を持つことができました。深刻な問題を取り扱っているのに、この本は関西気質であふれています。読むのが楽しいです。
ポンソンビー・ポストの官職はあまり本編に関係ないように思えましたが、最後はきれいに結ばれました。このスッキリとするラストを、ぜひ読んで味わってほしいです。
訳者あとがきによれば、ルーベンスが1969年から2年間インドネシアに滞在しました。目的は、国連の依頼によるドキュメンタリー作成です。そこでの体験が、国連の崇高なイメージを崩す作品を生み出しました。 (Oct, 2017)
【幸福指数85%  陰鬱指数10%  恐怖指数5%  幻想指数0%】

A Five Year Sentence (1978)
定年退職で自殺を考えていたミス・ホーキンズの人生を、5年連用日記が変えた。ブッカー賞候補。
『ミス・ホーキンズの五年日記』 武井誠子・山内照子(訳) <創流社;バーニス・ルーベンス選集5・1996>
Spring Sonata (1979)
『スプリング・ソナタ-ある寓話』 伊藤節(訳) <創流社;バーニス・ルーベンス選集4・1996>
Brothers (1983)
自伝的小説。
Mr. Wakefield's Crusade (1985)
Our Father (1987)
Kingdom Come (1990)
17世紀のポーランドとトルコ、救世主とあがめられる子どもを描いた歴史小説。
A Solitary Grief (1991)
待望していた男児ではなく、ダウン症の女の子が生まれた精神科医は、ショックで娘の顔を見ることなく5年間を過ごす。
『顔のない娘』 窪田憲子(訳) <創流社;バーニス・ルーベンス選集6・1996>
Autobiopsy (1993)
Yesterday in the Back Street (1995)
The Waiting Game (1997)
イングランド南岸の老人ホームが舞台。
I, Dreyfus (1999)
Milwaukee (2001)
Nine Lives (2002)
The Sergeant's Tale (2003)

 

References +++